※第二部、解説編は目次からお進みください
FROM:kuroi.smallbamboo@gmail.com
受信日:2020年3月29日(Sun.) 20:35:01
件名:電話の件(黒井)
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DP法律事務所、弁護士の黒井です。
長年飲み友達でしかなかったのに、こんなこと急にごめんなさい。
電話の件、承諾ありがとう。あなたが私の依頼人になったら、きっちり仕事する。
電話では事の経緯をざっくりとしか伝えてないから、ここに色々書きます。
愚痴も入っているけど、そこは許してね。
<事件の概要>
私の依頼人、つまり、あなたが調べる事件の被告人は、佐竹 紀吉(さたけ のりよし)さん。
井上病院院長殺人事件で、犯行を自白したことから逮捕されたわ。
事件が起きたのは2019年10月のこと。
井上病院の院長・井上 月路(いのうえ つきじ)さんが自宅の2階で刺殺体として発見された。
事件発生当時の院長邸宅にはご家族と家政婦、金丸さん、そして佐竹さんが滞在しており、
全員が警察署で事情聴取を受けた。
しばらく犯人が分かっていなかったんだけれど、事件発生から2日後、佐竹さんが取り調べ中に自供。
彼は殺害状況を詳細に説明し、殺人の動機も吐露、警察は彼を犯人と断定し逮捕した
――というのが、概要。
<あなたに連絡するまでの経緯>
最初の対面時、佐竹さんは私に「殺していない」って言った。
まあ、こういったケースは少なくないんだけど……
根気よく彼の話を聞いて、色々調べて、
私の結論としては“彼の犯行を立証するのに、証拠が不十分”でしょう、と。
多少揉めたけど、検察や裁判所には「推定無罪でいきます」って説明したわ。
(公判前整理手続きってやつ。分からなければ調べて)
今思い出しただけでもゾッとする……
裁判が始まって冒頭の罪状認否で、佐竹さんが急に犯行を認める発言をして。
公判中、私は何度も佐竹さんを説得したけど意見は変わらず、流れに流され判決は有罪。
裁判所を出てからすぐに佐竹さんへ「控訴しますか」って聞いたら、「控訴しません」という返事。
でも。
何かわからないけど、佐竹さんには“喉から先に出てこない証言”がある。
証拠不十分の被告人を、私は有罪になんて出来ない。
この10日間、方々に手を尽くして新しい証言や証拠を探した。
その結果、警察が佐竹さんに自白を強要したことがわかった。取り調べ時の音声データも手に入れた!
彼に強要があったことも確認済み。
でも録音が手に入ったのは、3月29日の18時。そう、今日のさっき!
控訴の申請は判決日から14日後まで。遅れた言い訳は聞いてはもらえない。
申請期限まで実質2日!! なのに、佐竹さんは非協力的。私一人ではお手上げ。
――で、ご連絡した次第。
<お願い事項>
今のところ2つだけ。
①これから伝える事件や裁判の内容の一切を、他人に教えないこと
もう本件は、口頭で契約成立している前提。守秘義務違反しないでね。
②警察が自白を強要したとする録音を送るので、佐竹さんの証言の変なところを教えて欲しい
佐竹さんが犯人でないとすれば、
彼は彼が知りうる限りの情報で自分の犯罪を立証しようとしているはず。
でも、そんなの真犯人でなければ(逆に)うまくいくはずなんてない。
必ず彼の自白には、“変なところ”があると思うの。それを見つけて教えて欲しい。
<情報>
まず、諸々資料を手配しておくわね。音声と資料の情報を組み合わせて考えて。
怒声が含まれていて、少しびっくりするかも。音量注意。
現時点で共有できる情報は、事件関係者の名前かしら。
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佐竹紀吉(さたけのりよし)さん:被告人・内科医
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井上月路(いのうえつきじ)さん:被害者・外科医
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井上陽土(いのうえはると)さん:被害者の長男・神経外科医
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井上和木(いのうえかずき)さん:被害者の長女・看護師
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水戸浪子(みとなみこ)さん:家政婦
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金丸正吾(かねまるしょうご)さん:救急科専門医
彼らの詳しい情報は追って、捜査資料としてまとめて渡すから少しだけ時間頂戴。
あと、ごめん、実は私、ちょっと色々やらかして、被害者遺族に会えないんだよね…。
だから事前に調べていた情報と裁判で共有された情報をメインに渡す。ご容赦を。
改めて、協力してくれて本当にありがとう。
あなたから教えて貰った情報で、佐竹さんを説得する。
期待しているわ、名探偵さん。どうぞよろしく。
黒井 拝